2009年1月 1日 (木)

2009年 初詣 ~岡山縣護國神社・吉備津神社・鶴崎神社~

岡山縣護國神社 吉備津神社
吉備津神社の出店で買った鯛焼き 鶴崎神社 干支の巨大折紙
新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いします。

 今年も初日の出の撮影で一年の幕開けと考えていたのですが、天気予報によれば雪が降るかもしれないということで、初日の出は期待できなかったので朝寝しました。そんなわけで、初詣もお昼からとなったのですが、外へ出てみると良い天気で初日の出を見に行かなかったことを後悔しました。

~岡山縣護國神社~

岡山縣護國神社
岡山縣護國神社

 まずは、岡山縣護國神社へ参拝しました。護國神社のすぐ手前までは比較的に道が空いていてスムーズに行けたのですが、護國神社の入口で渋滞につかまりました。駐車場に到着したのは13時過ぎで、何と30分もかかってしまう有様でした。例年は元日の8~9時頃に参拝していたのですが、その時間帯はたまたま人が少なかったらしく、今年は本殿前にも参列ができていました。

岡山縣護國神社の出店で買った鯛焼き
岡山縣護國神社の出店で買った鯛焼き

 参拝が終わって駐車場に戻る途中、参道に並ぶ出店でいつものように鯛焼きを買って帰りました。1個120円でした。ここの鯛焼きはよく見ると、胴体に比べて尾ビレがやけに大きく、鯛というよりは金魚のような形をしており、金魚焼きといった方が良さそうです(笑)。

 鯛焼きを買って車に乗った途端、みぞれ雪が降り出しました。数分間降り続いてすぐに止みましたが、一時雪が降るという天気予報は的中でした。13時45分に岡山縣護國神社を出発し、吉備津神社へ向かいました。

~吉備津神社~

吉備津神社
吉備津神社

 岡山縣護國神社でかなりの渋滞に見舞われたので覚悟はしていましたが、吉備津神社の手前ではさらに長い時間渋滞に遭いました。結局、駐車場に到着したのは15時前でした。時間帯のせいか、例年に比べて人の数が多く、何をするにも長蛇の列ができ、参拝に時間がかかりました。おみくじもいつも以上に人が並んでいたので、今年もおみくじを引くのはやめました。。。参拝を終えて新しくなった本殿をケータイで撮りまくりました。

駐車場から眺めた吉備津神社本殿
駐車場から眺めた吉備津神社本殿

 参拝を終えた帰り、駐車場からは新しくなった本殿が西日に照らされて輝いていました。行きにケータイで撮ろうとしましたが、ズーム(デジタルズーム)にすると画質が落ちてキレイに撮れなかったため、デジタル一眼α-7DIGITALを車から持ち出して撮影しました。

吉備津神社の出店で買った鯛焼き
吉備津神社の出店で買った鯛焼き

 吉備津神社でも出店で鯛焼きを買って食べました。1個150円でした。こちらは文句なしの鯛焼きでした。行列ができていて、例年より鯛焼きを買う人が多かったように思いました。

 ところで、出店と言えばいつも不思議に思うのが同じものを売る店が2つとしてないことです。競い合ってこそ味が追求されると思うのですが、出店は一品一店舗が基本のようです。16時15分に吉備津神社を出発し、鶴崎神社へ向かいました。

~鶴崎神社~

鶴崎神社
鶴崎神社

 途中、書店に寄ったため、鶴崎神社に到着したのは17時過ぎでした。鶴崎神社は昨年から社殿の改築工事を行っている最中でした。今年の9月完成予定だそうです。来年の初詣には新しくなった社殿を見ることができそうです。

鶴崎神社 干支の巨大折紙
鶴崎神社 干支の巨大折紙

 鶴崎神社と言えば干支の巨大折紙が名物ですが、紅白の牛2頭が境内に飾られていました。それにしても、この巨大折紙はどれくらいの大きさの折紙(和紙?)から折られているのでしょうか?折り方なんかも分かるといいですね。

 1つとても残念だったのは、鶴崎神社の出店がもう閉まっていて鯛焼きを口にすることができなかったことです。3社の鯛焼きを食べ比べるのを今年も楽しみにしていたのですが…。17時半に鶴崎神社を後にして帰宅しました。

~あとがき~

 今年は参拝が遅かったため、紅白餅や甘酒をいただくことができませんでした。やはり参拝は元日の午前中でないとダメですね。初詣の実感も例年に比べて少ないです。

 今年の初詣はデジタル一眼を車に置いて、ケータイのみを持ち歩いて写真を撮ってみました。昨年のクリスマス・イヴに4年8ヶ月使ったケータイを買い換えました。お風呂場でワンセグを見られる防水ケータイ(F-01A)にしようかと最後まで悩みましたが、8メガピクセルの高性能カメラケータイ(SH-03A)を選びました。身近なものを撮るのにはケータイの方が何かと便利ですからね。また機会があれば、SH-03Aの性能検証をしてみたいと思います。

過去記事「2008年 初日の出&初詣」「2007年 初日の出」「2007年 初詣 ~岡山縣護國神社・吉備津神社・鶴崎神社~」を参照

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2008年7月 6日 (日)

第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会&温泉グルメツアー

~第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会~

 本日、『第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会』に小・中学校時代の同級生3名と一緒に参加してきました。大会会場となったのはお台場公園(鳥取県東伯郡北栄町)です。早朝6時半に集合して地元のインターチェンジ(IC)から湯原ICまで高速道路を使って行きました。お台場公園近くの臨時駐車場(運転免許試験場)へ到着したのは8時半でした。

第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 ゼッケンと案内パンフレット 第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 記念写真
第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会会場 お台場公園
第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会

 徒歩で5分程でお台場公園に到着すると、早速受付を済ませました。これが受付で受け取ったゼッケンと案内パンフレットです。北栄町(旧大栄町)と言えば、『名探偵コナン』の作者 青山剛昌さんの故郷なんだそうです。案内パフレットの表紙が『名探偵コナン』の絵が描かれており、参加景品として『名探偵コナン』のTシャツが入っていました。折角なので、このTシャツを着て走ることにしました。出発前に友人に記念写真を撮ってもらいました。

第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 10kmコース スタート地点
第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会
10kmコース スタート地点

 開会式の後、いよいよ10時からマラソンがスタートです。私たちが参加したのは10kmコース(種目:O 高校生以上39歳までの男子)です。実は、今年4月13日(日)に『瀬戸大橋開通20周年記念事業橋上イベント 健康マラソン』に参加した際に、今回一緒に走ることになった同級生たちとばったり会い、今回のマラソンに誘われたのが参加のきっかけです。

第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 10kmコース 第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 10kmコース
西瓜畑 長芋畑
10kmコースの風景

 コースはマラソンの名前の由来の通り、西瓜畑や長芋畑の中を駆け抜けます。長閑な風景の中を走るので、とても気持ち良かったです。コースはほとんど平地を走るのですが、場所によってはゆるやかなアップダウンがあり、帰り道はちょっとキツかったです。

第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 10kmコース 折返し地点 折返し地点通過のマーク
10kmコース折返し地点

 10kmコースの折返し地点(約5km地点)で記念撮影です。かなりしんどそうな表情をしています。折返し地点を回ると、通過した証として赤色のマジックで腕に印をつけてもらいました。

第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 給水所 第21回 北栄町すいか・ながいも健康マラソン大会 10kmコース シャワー
コースの途中に設置された給水所とシャワー

 折返し地点の直前まで給水せずに走りましたが、給水所は1~2km毎にありました。また、所々にシャワーが設置されていたり、おしぼりが配られたりしていました。7月という暑い時期にマラソンを走るのは初めてだったので、こうしたサービスがホントに有難かったです。

完走証を手にして記念撮影
完走証を手にして記念撮影
10km 39歳以下男子 441位 1時間4分6秒

 携帯で写真を撮りながらのマラソンでしたが、ゴールまであと2km位の地点で時計を見ると、10時50分頃だったので、1時間を切りたいという欲が出てきて頑張りました。ホントにしんどかったのはこの2kmでした。途中、ダウンして道端で救護を受けている人が何人かいました。残り500m位でラストスパートをしましたが、ゴールが分かりにくくてとても長く感じました。結局、10km 39歳以下男子 441位 1時間4分6秒という結果でした。

大栄西瓜 長芋汁
参加者に振舞われた大栄西瓜と長芋汁

 参加者には、マラソンを走り終えた後に大栄西瓜と長芋汁の食べ放題が待っています。何でも、これを楽しみに毎年参加している人もいるとか。特に大栄西瓜は甘味が凝縮していてホントに美味しかったです。大会会場のお台場公園やすぐ隣にある『道の駅 大栄』で、自宅と職場にお土産として大栄西瓜や砂丘長芋を買って帰りました。

~活魚 ふじ~

『活魚ふじ』
『活魚ふじ』

 『道の駅 大栄』でお土産を買った後、昼食を食べに行くことしました。せっかく鳥取まで来たので地元の美味しい魚料理を食べたいと全員の意見が一致して、地元の人の紹介で探し当てたのが『活魚 ふじ』(鳥取県東伯郡琴浦町赤碕)です。自分はちょっとリッチに刺身定食1,900円を頼みました。写真がないのがとても残念ですが、刺身の盛り合わせ、アジのフライ、煮魚(丸ごと)、焼き魚(丸ごと)、ご飯、魚の粗汁など、物凄いボリュームで美味しかったです。お腹を思いっきり空かして、また来たいと思いました。

~関金温泉 湯命館~

 『活魚 ふじ』で昼食を食べた後、温泉でも浸かって帰ろうということになり、関金温泉へ行きました。マラソンの案内パンフレットに割引券(800円→700円)があった『湯命館』に行きました。もっと安い所もあるようでしたが、ここへ来て正解でした。温泉施設も充実していて良かったし、シャンプー&リンス、ボディソープ、ドライヤー、クシなど無料で特に何も用意しないで温泉に入れるのが良かったです。化粧品の試用品も置いていました。ジェル状のものを顔につけて撫でると、古い角質が垢みたいにボロボロ取れていく試用品が気に入って欲しいと思ったのですが、お土産にお金をつぎ込んだので断念しました。

~焼肉 石山屋~

『焼肉 石山屋』 『焼肉 石山屋』の焼肉盛り合せ
『焼肉 石山屋』の生ビール 『焼肉 石山屋』の生レバ 『焼肉 石山屋』の生センマイ
『焼肉 石山屋』のユッケ 『焼肉 石山屋』の塩タン 『焼肉 石山屋』の塩タン(刻みネギ付き)
『焼肉 石山屋』の焼肉料理

 地元に戻って一旦解散した後、久しぶりなので焼肉を食べに行くことになりました。実は、くたびれていたこともあって、最初は参加しないつもりだったのですが、美味しい焼肉屋だから是非一度味わって欲しいと友人に言われて出かけることにしました。倉敷のアイビースクエアのすぐ近くにある老舗で、事前予約がないと入れません。ここの塩タンがちょっと変わっていて、刻みネギを乗せて食べます。これが絶品です。生レバ、生センマイも美味しかったです。カルビやホルモンも脂身が乗っていて美味しかったです。焼肉と言えば、『焼肉 にしき』や『焼肉 きはち』くらいしか美味しいところを知りませんでしたが、『焼肉 石山屋』も美味しい焼肉屋リストに入りました!

~あとがき~

 今回、とても残念だったのはカメラを忘れたことです。地元のICに乗る前に財布を忘れていることに気づいて一旦家に取りに帰ったのですが、その時にカメラも忘れていることに気づきませんでした。高速道路に乗ってしばらくして気づき、とても悔しい思いをしました。お陰で、写真は携帯で撮る羽目になりました。写真性能が悪く、おまけに古いのですぐに電池切れになってしまい、撮り逃した写真が何枚もありました。こういう時のために今度携帯を買い換える時は写真機能が高性能なものにしようと思いました。

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2008年4月13日 (日)

瀬戸大橋健康マラソン

~瀬戸大橋健康マラソン~

 本日、瀬戸大橋開通20周年記念事業橋上イベント 健康マラソン(以下、瀬戸大橋健康マラソンと省略)に参加してきました。職場の人に誘われて参加することになったのですが、15kmの健康マラソンに出場するか8kmの健康ジョギングに出場するかで迷いました。結局、瀬戸大橋の上をより長く走れる健康マラソンに出場することに決めました。また、8kmの健康ジョギングと5kmの健康ウォークは大人気で抽選となるほどでした。

瀬戸大橋フィッシャーマンズ・ワーフ駐車場
瀬戸大橋フィッシャーマンズ・ワーフ駐車場

 地元の駅を6時過ぎに出発し、電車で集合場所のJR坂出駅に向かいました。日曜日の早朝にも関わらず、電車の中は瀬戸大橋健康マラソン、ジョギング、ウォークに参加すると思われるジャージ姿の人達で一杯でした。このあと走ることになる瀬戸大橋の下を通って瀬戸内海を渡り、6時半過ぎにJR坂出駅に到着しました。JR坂出駅には健康マラソンのスタート地点である与島まで運んでくれる送迎バスが何台も待機していました。しばらく駅で時間を潰した後、送迎バスに乗って与島の瀬戸大橋フィッシャーマンズ・ワーフ駐車場へ到着したのが7時半前でした。

受付で配られた大会オリジナルエコバッグ
受付で配られた大会オリジナルエコバッグ

 バスを降りると、早速受付を済ませてゼッケンナンバーと黄色いエコバッグを受け取りました。走る準備を整えて手荷物をエコバッグに収めました。ちなみに、このエコバッグはスポーツバッグがスッポリ入る大きさで、このエコバッグだけ手荷物預け場所に預けることができます。

瀬戸大橋を背景に記念撮影
瀬戸大橋を背景に記念撮影

 多くの参加者が何人かのグループで参加している中、一人で参加した私は健康マラソンがスタートするまでの1時間半ただボーっとするしかありませんでした。8時半頃、与島プラザ駐車場で行われる出発式のために参加者が移動を開始しました。移動途中に瀬戸大橋がよく見える場所で記念写真を撮ってもらいました。

瀬戸大橋健康マラソン 出発式
瀬戸大橋健康マラソン 出発式 瀬戸大橋健康マラソン 出発式
瀬戸大橋健康マラソン 出発式

 8時45分から出発式が行われ、そこでゲストランナーを代表して谷川真理選手(現役女子マラソン選手)が挨拶しました。谷川選手が登場するなり、参加者がステージに詰め掛けて写真を撮っていました。その中に自分もいたのですが、距離があり過ぎてうまく撮れませんでした。

瀬戸大橋健康マラソン スタート地点
瀬戸大橋健康マラソン スタート地点

 出発式が終わると、参加者がスタート地点に集まりました。幾つかのブロックに分かれてスタートすることになっていたのですが、私はゼッケンナンバーA3311で最初のスタートでした。予定より少し遅れて9時過ぎに瀬戸大橋健康マラソンがスタートしました。

 スタート早々に瀬戸大橋の橋上に上がるための急勾配のループ橋を上っていくのですが、参加者によっては結構きつかったようです。橋上に上がると、車で通行するのとはまた違ってゆっくりと景色が流れて海風も心地良くホントに気持ち良かったです。MINOLTA DiMAGE A1を首にぶら下げて所々で立ち止まって写真を撮りながら序盤は軽快に飛ばしました。

南北備讃瀬戸大橋の共有アンカレイジに設置された給水所
南北備讃瀬戸大橋の共有アンカレイジに設置された給水所

 途中、給水所や仮設トイレがありましたが、最初の折り返し地点となる番の州折返地点(6.4km地点)まで給水することなく走り続け、40分程で到着しました。

瀬戸大橋橋上から眺める瀬戸大橋記念公園と番の州
瀬戸大橋のすぐ近くを低空飛行してくるブルーインパルス ジェット雲を出しながら編隊飛行するブルーインパルス
南北備讃瀬戸大橋の共有アンカレイジから眺めた景色

 番の州折返地点から与島へ折り返してくる途中で給水所(南北備讃瀬戸大橋の共有アンカレイジ)に立ち寄って水分補給しました。ついでに瀬戸大橋からの景色を堪能しながら写真を撮っていると、10時頃にブルーインパルス6機がジェット雲を出しながら編隊を組んで児島方面から坂出方面へ低空飛行で通過していきました。一瞬の出来事でしたが、実にカッコ良かったです。

 10分程休憩して再び走り出しました。立ち止まって写真を撮ったり、水分補給する度に走り出す時は足取りも軽快なのですが、少し走るとピッチが遅くなります。特に10kmを越えた辺りから足取りが重く、休憩するために写真撮影をする感じでした。

美しい斜張橋の岩黒島大橋・櫃石島大橋
美しい斜張橋の岩黒島大橋・櫃石島大橋

 与島まで戻って来ると、フィニッシュ(ゴール地点)の表示が見えたので少し足取りが軽くなりましたが、実際にはそこからゴールまで1.4kmを往復しなければならないことに気づき、再び足取りが重くなってしまいました。美しい斜張橋の岩黒島橋・櫃石島橋を眺めながら気力で走りました。

岩黒島折返地点(13.6km地点)で記念撮影
岩黒島折返地点(13.6km地点)で記念撮影

 岩黒島折返地点(13.6km地点)に到着したのが10時45分頃で、ここで初めて2時間以内のゴールを目標にしてピッチを上げました。そのこともあって岩黒島折返地点からゴール地点まではあっという間でした。

瀬戸大橋健康マラソン ゴール地点で記念撮影
瀬戸大橋健康マラソン ゴール地点で記念撮影

 結局、11時50分過ぎにゴールしましたが、スタート時刻が遅れたことを考慮すると、1時間50分程で完走したことになります。(本大会はタイム計測がなかったので、詳細なタイムは分かりません。) 腰にはウエストバックを身に付け、首にはレンズ一体型一眼レフカメラをかけ、背中にはカメラケースを背負って走り、何度も立ち止まって写真を撮っていたことを考えれば、まあ妥当なタイムでしょう。ゴール地点ではたくさんの参加者がゴールの余韻に浸って記念撮影をしていました。私も参加者の人達に頼んで何枚か写真を撮ってもらいました。

ゲストランナーの谷川真理選手と記念撮影
ゲストランナーの谷川真理選手と記念撮影

 記念写真を撮ったら間もなくループ橋を下りていき、完走証と記念品のタオル、そしてバナナとドリンクを受け取りに行きました。そこで、偶然にも中学時代の同級生3人に会いました。同級生達とは10年以上会っていなかったのでホントに驚きです。完走証の受取場所では一足早く走り終えたゲストランナーの谷川選手が参加者へ完走証を手渡ししていました。同級生に頼んで谷川選手と記念写真を撮ってもらいました。瀬戸大橋フィッシャーマンズ・ワーフへ移動し、4人で昼食にうどんを食べてゆっくりしました。今夜、高松へ飲みに行くという3人と行動を共にすることにし、JR高松駅行きのバスに乗り込みました。

~高松グルメツアー~

『海鮮問屋 仲見世』
『海鮮問屋 仲見世』

『海鮮問屋 仲見世』の「刺身盛」
『海鮮問屋 仲見世』の「刺身盛」

 JR高松駅へ到着して店の予約時間まで1時間半程あり、早速温泉へ行くことになりました。駅前の観光案内で教えてもらった『高松ぽかぽか温泉』でマラソンの疲れを癒し、17時に『海鮮問屋 仲見世』へ行きました。同級生の1人が学生時代によく行ったそうで、魚料理が美味しく値段も安い店だそうです。店に入ると、ドーンといけすがあって高級海鮮料理店に来た感じでした。店の雰囲気も良くて魚料理はもちろん天ぷら料理も美味しかったです。

『黒田屋 田町店』
『黒田屋 田町店』

『黒田屋 田町店』の「天ぷらうどん」
『黒田屋 田町店』の「天ぷらうどん」

 飲んだ後は美味しいうどんを食べて帰ろうということで、夜遅くまで営業している『黒田屋』に行きました。メニューを見てビックリしたのはとにかく安いことです。私はコッテリしたものが食べたかったので天ぷらうどんを注文しましたが、生しょうゆうどん、かけうどん、ぶっかけうどんなら数百円の値段です。同級生のお薦めは生しょうゆうどんでした。味の方はもちろん美味しかったです。海老天も衣はサクサクで海老はプリプリの食感でした。

 JR高松駅発20時39分の電車で帰りました。今日は早起きして15kmのマラソンを完走し、久しぶりに会った同級生と温泉で疲れを癒した後、美味しい魚料理と美味しいうどんを食べて近況を語り合いました。ホントに充実した一日でした。

~あとがき~

 今回の瀬戸大橋健康マラソンは一切練習をせずに挑んだので棄権することも考えていましたが、無事に完走できて良かったです。マラソンには丁度良い天候で景色も素晴らしく、とても良い体験になりました。また、イベントのスタッフの方々には温かい声援と記念撮影に協力していただいて嬉しかったです。また、このような機会があれば走りたいと思いました。久しぶりに会った同級生3人と飲みに行けたのも良かったです。この3人は近くで行われる健康マラソンによく参加しているようで、夏に鳥取県大栄町で行われるスイカマラソンに一緒に参加することになりました。

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2008年2月16日 (土)

インフルエンザ

 久しぶりに頭痛と高熱を伴う風邪でダウンしました。市販の風邪薬(総合感冒薬)を服用したものの、一向に改善の兆しがありません。そこで、今日近くの病院へ行ったところ、A型インフルエンザという診断結果でした。実は4年前に「インフルエンザかな?」と思うような激しい頭痛と高熱にうなされたことがあったのですが、この時はインフルエンザと断定されませんでした。しかし、現在では迅速診断キットを使ってインフルエンザ・ウイルスを簡単に検出できるだけでなく、型まで調べられるようになりました。

~インフルエンザの発症までの経緯~

 最初に体調に異変を感じたのは2月5日の夕方頃で悪寒と咳が始まりました。帰宅時には頭痛と胃痛が加わって最悪の状態で、帰宅後すぐに体温を測ったら微熱がありました。その晩は市販の風邪薬を飲んで晩御飯も食べずに寝ましたが、睡眠中も水分をしっかりとったお陰で翌朝には随分楽になりました。それでも、熱は下がらず仕事になりそうもなかったので、2月6日は仕事を休みました。この日はライトプレーンの飛行競技会があって楽しみにしていただけにとても残念でした。1日寝込んで翌日には熱が下がって体調も回復しました。

 これで終われば良かったのですが、今度は2月14日の夕方に悪寒と頭痛が始まり、帰宅後に熱を測ったら38度程あって前回と同様に風邪薬を飲んですぐに寝ました。翌日は午後からどうしても出勤しなければならない用事があったので、無理して午後から出勤しました。16時半に用事を済ませて帰宅する予定でしたが、別の用事が舞い込んでもう少し職場に残ることにしました。結果論を言えばこの時点で帰るべきでしたが、この後どんどん症状が悪化していきました。目が充血し、顔が火照り、妙な感じの筋肉痛が始まってからは単なる風邪ではないと感じました。用事が済んですぐに帰宅し、熱を測ったら39度以上ありました。数年前の大風邪で40度近くの熱を出した時には頭が割れる程(ホントにこのまま死ぬんじゃないかと思う程)痛くて夜もろくに眠れなかったのですが、今回はそこまでひどくなかったので助かりました。それでも、翌朝、つまり今朝になっても39度以上の熱が出続けていたので、仕方なく重い腰を上げて病院へ行ったわけです。

~インフルエンザの処方~

 病院は自宅から近いところで大病院でないところへ行きました。とにかく、早く診てもらって楽になりたかったので、近くて待ち時間が短い病院が良かったからです。結局、診てもらうまでに1時間以上かかったのですが、解熱剤の注射(筋肉注射)を打ってもらったお陰で、帰宅後間もなく熱が下がりました。4年前の時は別の病院で点滴を打ってもらってすごく楽になった経験があるので、普通の注射(皮下注射)より多少痛くても楽になる方を選びました。薬はインフルエンザの特効薬として知られるタミフル(カプセル)と、その他何種類かの錠剤を5日分処方してもらいました。

~出席・出勤停止~

 気になったのはいつから出勤してもよいかです。つまり、他の人へのウイルス感染の恐れがなくなるのはいつなのかですが、学校保健法では「解熱した後2日を経過するまで」は登校を控えるように定められています。ただし、「病状により学校医その他の医師において伝染のおそれがないと認めたときは、この限りではない」とあります。一方、社会人が職場に復帰する目安は特に決まりがないそうですが、インフルエンザが発症してから7日間くらいは他の人への感染の可能性が高いようです。そこで、薬を処方してもらったのが5日分だったことを考えて発症して5日間は安静にして様子を見て職場復帰することにしました。

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2008年1月21日 (月)

雪景色

自宅周辺の雪景色

 今朝、外へ出てみると、昨日の夕方から降り始めた雪が自宅周辺を真っ白く雪景色に変えていました。岡山県南部で雪が積もるのは年に1~2回あるかないかぐらいに珍しいことなので、出勤前に何枚か写真を撮りました。

雪化粧の自宅
雪化粧の自宅

 昨年7月にリフォームしたばかりの自宅は初めての積雪で真っ白に雪化粧されていました。まさかこんなに早くこのような写真が撮れるとは思いませんでした…。

自宅周辺の雪景色 自宅周辺の雪景色
自宅周辺の雪景色 自宅周辺の雪景色
自宅周辺の雪景色

 普段はカメラを向けることのない見慣れた景色も真っ白に雪化粧されると、思わず被写体になってしまいます。ふと韓国ドラマ『冬のソナタ』に出てくる雪景色を思い浮かべてしまいました。イメージを膨らませ過ぎですかね!?(笑)

自宅前の長い急な坂
自宅前の長い急な坂
自宅前の長い急な坂

 雪が積もると何が困るかといえば、自宅前にある割と長い急な坂を上り下りすることです。幸い、タイヤチェーンをはめるほどではなかったので助かりました。4輪駆動にしてマニュアルシフト1速でエンジンブレーキとABSを利かせながらゆっくりと坂を下って出勤しました。ちなみに、一般道路の雪は解けていて全く問題ありませんでした。

~あとがき~

 子供の頃は雪が降って積もれば「学校が休校になる」とか「雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりできる」とかで嬉しかったものですが、今では「通勤が困る」とか「学校は休校になるのか!?」とか逆に心配事ができてしまいます。歳は取りたくないものですねぇ(笑)。それでも、私にとって雪は今でも特別なものです。詳しくは過去記事「ホワイトデー(雪にまつわるお話)」をご覧ください。

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2008年1月19日 (土)

ライトプレーン テスト飛行

ライトプレーン テスト飛行
ライトプレーン テスト飛行

 フットサルの練習を終えた後、吉井川河川公園『親水広場』で先日作ったライトプレーン(過去記事「ライトプレーン工作」を参照)のテスト飛行を行いました。『親水広場』では子連れの家族が凧揚げやキャッチボールをして遊んでいました。そんな中、私は黙々とライトプレーンのテスト飛行をしました。

 風が少しあったものの、テスト飛行にはまずまずの天候でした。最初は普通に飛ばしていたのですが、途中から飛行距離(厳密には飛行到達距離)と飛行時間を稼ぐために土手の上から飛ばしました。風の影響をあまり受けずに真っすぐ飛んだ時は50m以上の飛行距離が出ることもありました。飛行時間では14秒程度と数字にすると意外に短く、もう少し飛んでくれてもいい感じです。テスト飛行の様子はMINOLTA DiMAGE A1で撮った動画をご覧ください。

ライトプレーンのテスト飛行(その1) 最長飛行到達距離を記録!(目測60m)
ライトプレーンのテスト飛行(その1)
最長飛行到達距離を記録!(目測60m!?)

ライトプレーンのテスト飛行(その2) 風にも負けず…最長飛行時間を記録!(14秒)
ライトプレーンのテスト飛行(その2)
風にも負けず…最長飛行時間に次ぐ記録!(14秒)

ライトプレーンのテスト飛行(その3) ついに最長飛行時間を記録!(15秒)
ライトプレーンのテスト飛行(その3)
ついに最長飛行時間を記録!(15秒)

ライトプレーンのテスト飛行(その4) 左旋回傾向と風にもあおられて…ブーメラン!?
ライトプレーンのテスト飛行(その4)
左旋回傾向と風にもあおられて…ブーメラン!?

 今回のテスト飛行で気づいたことが幾つかありました。まず、飛ばす時に機体を押し出さない方が良いことです。押し出してしまうと、上向きに上がり過ぎて失速してしまいます。プロペラの推進力に任せて機体から手を離すだけにした方が理想的に飛び出すようです。それから、ゴム動力が最後まで伝わらないことです。ゴムの巻きが少なくなると、ゴムの張力がなくなり、プロペラシャフトが空回りしてプロペラに動力が伝わっていないように思いました。飛行距離や飛行時間を延ばすには、最後まで安定したプロペラの回転が必要です。この辺りを改善すればもっと飛行距離や飛行時間を延ばせるように思いました。あとは、左旋回してしまう傾向がありますが、これは主翼の曲げや角度の調整で改善できると思います。ただ、組立説明図には「この機体は、ゆっくり旋回しながら上がるよう設計されています」と書いてあるので、もしかしたらそのせいかもしれません。

 果たして1月23日(水)に職場で行われるライトプレーン フライト競技会ではベスト記録が出せるでしょうか?楽しみです。

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2008年1月14日 (月)

ライトプレーン工作

ライトプレーン工作
ライトプレーン工作

 職場でライトプレーンのフライト競技会を行うことになり、小・中学校と図工や技術が得意だった私は迷わず参加することにしました。1月23日(水)のフライト競技会まで1週間ちょっととなり、これから仕事が忙しくなることを考えて、今日ライトプレーンを作ることにしました。

ライトプレーンの組立部品一式
ライトプレーンの組立部品一式

 早速、袋から部品を取り出して確認してみたところ、竹ひごを火であぶる必要がないようにすでに曲げられた竹ひごが入っていました。また、組立説明図を見ると、接着剤を使わずに組立ができるようになっていて、とても簡単そうでした。一応、これでも中級者向けと書かれています。

竹ひごの湯曲げ 竹ひごの曲げ調整
ニューム管の取付 尾翼の形状調整
尾翼骨組の完成
尾翼骨組の組立

 組立説明図をほとんど読まずに一応順番通りに尾翼から組み立て始めました。組立説明図に合わせて切った竹ひごを湯で柔らかくして尾翼の形状を調整しながら、アルミ製のニューム管で2本の曲竹ひごを結合して水平尾翼を組み立てていきます。この作業が一番神経を使うところであり、ライトプレーンの出来に左右するところです。垂直尾翼は曲竹ひごをプラスチック製の尾翼台に差し込んで組み立てます。一応、これで尾翼部分の骨組は完成です。

ニューム管の圧着 主翼台の取付
主翼リブの取付 主翼骨組の完成
主翼骨組の組立

 主翼も尾翼と同様に曲竹ひごと直竹ひごをニューム管で繋ぎ、主翼台に取り付けて組み立てます。ここでも主翼台の穴に竹ひごを通し忘れたり、細いニューム管と太いニューム管を間違って使ったりして、やり直す場面が何度かありました。組立説明図はちゃんと読まないとダメですね(苦笑)。最後に主翼に曲面を出すアルミ製のリブを取り付けて主翼部分の骨組が完成です。

プロペラ部分の組立 プロペラ部分と脚の胴体取付
尾翼部分の胴体取付 ゴムかけの胴体取付
機体の重心を調べる作業
各部品の胴体取付

 次にプロペラと車輪の部分を組立て胴体に取り付けます。車輪は車輪止がうまく取り付けられなかったので、昔作った記憶から車輪止めに針金の先を曲げることにしました。その後、尾翼部分を胴体に取り付けました。この時、曲竹ひごを前後を反対に尾翼台に取り付けたことに気づき、やり直そうとして尾翼台を胴体に固定する部分を折ってしまいました。そこで、応急処置として糸を何重にも巻き付けて固定しました。ゴムかけの取付も終わって、主翼部分を胴体に取り付ける時には機体の重心を調べて取り付けます。ホントは翼用紙を張ってから重心を調べるのが良いのですが、主翼部分の取り付けは輪ゴムで固定するので後で微調整ができるようになっています。

翼用紙の型取り 翼用紙の切り取り
切り取った翼用紙 翼用紙の張り付け(主翼)
翼用紙の張り付け(垂直尾翼) 主翼先端部分の重ね張り
翼用紙の張り付け

 あとは主翼と尾翼に翼用紙を張るだけです。組立説明図に合わせて5~10mmの糊しろをとって翼用紙を切り取っていきます。すべて切り取ってから主翼や尾翼の骨組に張っていきました。翼用紙を張る際に引っ張り過ぎて主翼の先端部分が少し破れてしまいました。そこで先端部分だけ補強を兼ねて重ね張りをしました。

完成したライトプレーン
完成したライトプレーン

 そして、ついに完成です!15時頃から作り始めて20時頃までかかってしまいました。屋外でテスト飛行をしようにも、外はもう真っ暗なので、またの機会にしました。ちょっと室内でテスト飛行をやってみましたが、まずまずのようです。

~あとがき~

 ライトプレーンは子供の頃に作った記憶が薄っすらあるのですが、完成して飛ばした記憶がありません。恐らく悲惨な結果に終わったからでしょう(笑)。竹ひごを火であぶって曲げたり、翼の骨組に翼用紙を張ったりするのがとても難しかったのを覚えています。今回作るライトプレーンは既に竹ひごが曲げてあって簡単でした。機会があれば、今度は上級者向けのライトプレーンを作ってみたいです。ちなみに、写真撮影は1分毎にインターバル撮影機能を使って撮りました。

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2008年1月 1日 (火)

2008年 初日の出&初詣

~初日の出 貝殻山展望台~

貝殻山展望台から見た初日の出
貝殻山展望台から見た初日の出

新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いします。

 今年も初日の出の撮影で一年の幕開けです。今年の元旦は全国的に大荒れの天気という予報でしたが、何とか初日の出を見ることができる天気になってくれました。大晦日は初日の出を見に行く場所を決め兼ねて深夜遅くまで起きていたせいで朝寝坊してしまい、結局家から一番近い貝殻山へ初日の出を見に行くことにしました。ホントは大芦高原または弥高山まで出かけて初日の出と雲海を撮りたいと考えていたのですが…。

貝殻山展望台から見た日の出前の景色
貝殻山展望台から見た日の出前の景色

 何とか日の出前に貝殻山の展望台に辿り着いてみると、思った以上に人が集まっていました。三脚にカメラをセットしてリモートコード(リモートコントロール)でシャッターを切り始めたのは日の出時刻の7時11分頃でした。

貝殻山展望台から見た日の出直後の初日の出
貝殻山展望台から見た日の出直後の初日の出

 昨年と同様に水平線に近いところに分厚い雲がかかっていて実際の日の出は少し遅れました。結局、初日の出が見られたのは7時23分頃でした。この瞬間を待ちわびていた人達の歓声が一斉にあがりました。この瞬間というのはいつ味わってもいいものですね。ここからは刻々と様子が変わっていき、あっという間に朝日が雲の上に昇りました。

初日の出と貝殻山展望台
初日の出と貝殻山展望台

 朝日が雲から完全に顔を出すと、集まっていた人が一斉に帰っていきました。今朝はこの冬一番の冷え込みで風もあったので、誰もが初日の出を拝んだらこの場を早く立ち去りたかったに違いありません。でも、私は場所を変えながら7時50分頃までこの展望台で撮影していました。上の写真は辺りに人が居なくなってから敢えて逆光で貝殻山の展望台を撮影したものです。朝日が白く飛んでしまわないように絞りを最大にして、手前の案内標の文字が写るようにフラッシュを使って撮ってみました。イメージ通りとは行きませんでしたが、露出不足ながらも辛うじて案内標の文字を確認することができます。

貝殻山展望台にある案内標
貝殻山展望台にある案内標

 一方、こちらは貝殻山の案内標を普通に撮ったものです。表面にアクリル処理がされていて撮影する自分の姿が写り込んでいます。

 今年一年もいろんな写真を撮りまくると思いますが、今までに撮ったことがないものにどんどん挑戦して撮影技術をもっともっと磨いていきたいと思います。

~初詣 岡山縣護國神社・吉備津神社・鶴崎神社~

 ここ数年は初日の出を拝んで、そのまま初詣に行く習慣になっています。今年も昨年と同様に岡山縣護國神社、吉備津神社、鶴崎神社を順に参拝しましたが、初日の出を見に行った場所が近かったので、昨年より1時間程早く参拝が済みました。今年はおみくじを引かず、結局撮影も一切せず、その分しっかりと祈願しました。

 昨年通りに各神社で鯛焼きを買って味比べをしました。鶴崎神社の鯛焼きがあんこが一杯詰まっていて一番美味しかったです。子供の頃は1尾80円くらいだったのに今は1尾120~150円もします。

 今年は地元の鶴崎神社で本殿の改築工事が行われている最中にも関わらず、例年になく活気づいていて良い感じでした。新しい本殿が完成して(平成21年4月完成予定)地元が活気づいてくれると嬉しいです。鶴崎神社で甘酒と紅白餅を貰って帰りました。今年が良い年となりますように!

~あとがき~

 帰宅して初日の出の写真を確認したところ、絞りを強くして撮影した写真にはたくさんの埃やゴミが写り込んでいました…。でも、幸いなことに絞りがF8以下で撮影した写真には埃やゴミの影響がほとんどありませんでした。この前、本格的にレンズやCCDのクリーニングを行ったにも関わらず、埃やゴミが完全に取り切れていなかったか、再び付着したみたいです。レタッチソフトで除去できるものは除去しましたが、どうにもならない写真が何枚もあって残念です。今年も埃やゴミとの格闘が続きそうです。

過去記事「2007年 初日の出」「2007年 初詣 ~岡山縣護國神社・吉備津神社・鶴崎神社~」を参照

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2007年6月27日 (水)

ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会

「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」(東京都青山葬儀所)
「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」(東京都青山葬儀所)

 本日、「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」(音楽葬)が東京都港区南青山にある東京都青山葬儀所で執り行われました。前日に東京都内のホテルで一泊し、朝食を食べた後、朝の番組で「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」についての報道を見てからホテルをチェックアウトして東京都青山葬儀所へ向かいました。

「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」会場の東京都青山葬儀所
「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」会場の東京都青山葬儀所

会場を埋め尽くす色とりどりの花々 会場を埋め尽くす色とりどりの花々
会場に展示された泉水さんの写真パネル 会場に展示された泉水さんの写真パネル
ZARDのPVが流れる大画面モニタ
「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」会場内の様子

 青山葬儀所に到着したのは11時半頃でした。今が旬の紫陽花をはじめとする色とりどりの花々で埋め尽くされた会場には大きく引き延ばされた泉水さんの写真パネルとPVを流す大画面モニタが置かれ、式殿へ入る順番待ちの行列でファンが退屈しないように配慮されていました。

会場に展示された泉水さんの写真パネル(一番のお気に入り)
会場に展示された泉水さんの写真パネル(一番のお気に入り)

 展示されていた泉水さんの写真パネルの中で、特に目に留まったものがありました。恐らく、私がお気に入りの写真と同じ時に撮影されたものだと思われます。横顔ですが、微笑んでいる泉水さんの表情がとてもいいですね。

 会場には10代・20代の若い世代や泉水さんと同世代のファンをはじめ、家族連れや中高年のファンまで実に幅広い年齢層の人たちが多数参列していました。ZARD 坂井泉水さんが世代を問わずホントに多くの人たちの指示を受けていたことを改めて知りました。

会場上空を低空旋回する報道関係のヘリコプター 会場上空を低空旋回する報道関係のヘリコプター
会場上空を低空旋回する報道関係のヘリコプター

 また、会場には多くの報道関係者が詰め掛け、会場周辺にはテレビ局各社の中継車輌が停まっており、会場上空には数機のヘリコプターが低空旋回していました。

ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」の献花台が設けられた式殿入口
「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」の献花台が設けられた式殿入口

 幾度にも折り返された長蛇の列をゆっくりと進みながら待つこと20〜30分、ようやく献花場所の式殿に入ることができました。式殿内は撮影禁止だったので写真はありませんが(私が見る限り、誰一人写真撮影をしている人はいませんでした)、泉水さんが好きだったという花々が式殿内に一杯飾られていて、まるで天国のようでした。献花台に置かれた泉水さんの写真は先月音楽事務所に設けられた献花・記帳場所に置かれていたものと同じでした。(過去の記事を参照) また、献花台の中央には、レコーディングスタジオが再現され、泉水さんがレコーディングの際に愛用していたマイクとヘッドフォン、そしてマグカップなどが展示されていました。献花台の手前で泉水さんが好きだったという白いカラーの切花を手渡され、献花台に置いて泉水さんの遺影に向かって礼拝しました。献花が終わると、流れるように通路を進んで式殿の外へ出ました。

泉水さんの直筆メッセージ入り写真パネル
泉水さんの直筆メッセージ入り写真パネル

「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」の会葬礼状(右側)と追悼作品・追悼ライブの告知ビラ(中央・左側) 「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」の会葬礼状
「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」の会葬礼状と
追悼作品・追悼ライブの告知ビラ

 外は相変わらず長蛇の列が続いていました。青山葬儀所の出入口に向かう途中、泉水さんの直筆メッセージが書かれた1つの写真パネルが置かれていました。この写真は会葬礼状にも挟み込まれていました。会葬礼状と一緒に追悼作品リリースや追悼ライブの告知ビラを受け取りましたが、泉水さん本人がいなくなった今、追悼作品のリリースや追悼ライブの実施が虚しく感じられ、複雑な気持ちです。私個人が望んでいるのは、ファンクラブ会員にも知らされなかった泉水さんの闘病生活について知ることです。泉水さんが何を想い、何を考え、どう過ごしていたのか? それを知らずして追悼作品も追悼ライブも有り得ません。この度のことで私はまだ一滴の涙も流していないのですから…。泉水さんは今、天国で何を望んでいるのでしょうか?

~あとがき~

 この日の夜、ニュース番組で「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」に参列したファンの数が4万人を超えたと報道していました。たった1日でこんなにたくさんのファンが集まったことを嬉しく思いました。葬儀は19時までの予定を2時間延長して21時過ぎまで行われたそうです。葬儀は多くのファンたちによる「負けないで」の大合唱で締め括られたようです。このテレビ映像を見て、そんなZARDファンが羨ましくもあり、誇りにも思いました。ZARDの曲を好きになって泉水さんと出逢い、ファンクラブに入ってZARDファンの人たちと同じ価値観を持てたことが嬉しいです。

坂井泉水さんが好きだったカラーの花
坂井泉水さんが好きだったカラーの花
(写真は自宅に咲くカラー)

 最後に、もう1つだけ書き記したいことがあります。泉水さんが大好きだったというカラーという花についてです。花と言えば花言葉ですよね? カラーの花言葉は「素敵な美しさ」だそうです。そして、カラーは10月31日の誕生花でもあります。この日は亡くなった父の誕生日です。父は「What a beautiful moment Tour」の最終公演日、2003年7月23日にこの世を去りました。楽しみにしていた日本武道館ライブでしたが、行くことは叶いませんでした。何だかとても因縁を感じています。父のお墓を立てる時、ZARDの曲からとって墓標に「永遠」の文字を入れましたが、泉水さんが亡くなった今では父の眠るお墓に泉水さんも眠っているかのように、お墓参りに行くといつも父の戒名と共に「澄響幸輝信女」と唱えて手を合わせています。

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2007年5月31日 (木)

ZARD 坂井泉水さんに最後のお別れ

東京・大阪の献花・記帳場所の遺影に使われたZARD 坂井泉水さんの写真
東京・大阪の献花・記帳場所の遺影に使われた
ZARD 坂井泉水さんの写真

写真は『ZARD BEST The Single Collection~軌跡~』の初回特典ステッカー

 昨日、ZARD 坂井泉水さんの告別式・葬儀が東京都町田市内の斎場で近親者による密葬として営まれ、沿道には熱心なファンたちが駆けつけてたそうです。水曜日は仕事が休みなのですが、昨日は出掛けられない用事があって、告別式・葬儀に参列して泉水さんにお別れをすることは勿論のこと、東京(東京都港区六本木)と大阪(大阪市西区北堀江)にあるビーグラムレコーズ(ZARD所属レコード会社)に設置された献花・記帳場所に行くこともできませんでした。献花・記帳の受付が今日までだったので、仕事を終えてその足で岡山駅から新幹線に乗り、大阪の献花・記帳場所(ビーグラムレコーズ大阪)に向かいました。

 新大阪駅に17時半頃到着し、泉水さんの訃報を知らせてくれた友人と合流しました。その友人の案内の下、まずはお供え用の花束を買うため、地下鉄御堂筋線に乗り、心斎橋駅を目指しました。『HIBIYA-KADAN STYLE そごう心斎橋本店』で花束を買った後、地下鉄心斎橋駅を出て、徒歩で地下鉄四ツ橋駅方面へ向かいました。献花・記帳場所の近くまで来て花束を持ってうろうろしていると、ZARDファンの男性に次々に声をかけられて、2組のZARDファンと一緒に献花・記帳場所を探しました。少し迷った末に人集りを見つけ、献花・記帳場所に到着したのは18時半頃でした。早速、私は記帳を待つファンの列に並びました。

 献花・記帳場所に入ると、ファンによって供えられた花束が所狭しとばかりに置かれ、物凄い数の花束で埋め尽くされていました。また、献花・記帳場所の内外に大型モニターが1台ずつ置かれ、ZARDのPV集(DVD『ZARD Le Portfolio 1991-2006』 ONBD-7068 2006.10.25 発売)が放映されていました。そして、正面には泉水さんご本人が大好きだったという遺影が置かれていました。ちなみに、東京の献花・記帳場所にも同じものが置かれているのをニュース記事で見ました。実はこの写真、ZARDのベストアルバム『ZARD BEST The Single Collection~軌跡~』(JBCJ-1023 1999.5.28 発売)の初回特典『ZARD ARTIST FILE』(写真集)の表紙やステッカーに使われたもので、私も泉水さんの写真の中ではこれが一番好きです。私はこの写真を愛器のアコースティックギター(K.YAIRI YW-600)に貼っています。<記事のトップ写真>

 お供えの花束に泉水さんへの手紙を添えて受付の方に手渡し、遺影の前で記帳を行いましたが、手が震えて思うように字が書けませんでした。それから、記帳場所の近くに用意されていたメッセージノートに泉水さんへのメッセージを書き込みました。しばらくの間、何を書いていいのか言葉が見つからず、そのうち思いつくままにメッセージを書きましたが、何を書いたかよく覚えていません…。事前に手紙を書いて行って正解でした。

 献花・記帳を終えて、その場をすぐ去るのも名残惜しく、しばらく外に置いてあったモニターでZARDのPV集を観ていました。最初は私たちを含めて数人だけがPVに観入っていたのですが、献花・記帳を終えたファンたちがモニターの前に続々と集まって来て、気づけば物凄い人集りができていました。外は風があって少し肌寒かったのですが、後ろに立つファンたちによって冷たい風が遮られて温かかったです。ファンのみんなと静かにZARDのライブを観ているような密集した空間がそこにありました。ただ、ライブとは異なり、時折すすり泣くファンの声が聞こえてきました。PV集を一通り観てこの場所を後にしましたが、結局この場所に2時間近く居ました。

 ZARDの全国ツアー『What a beautiful moment tour』でもファンとの交流はほとんどありませんでしたが、今回の献花・記帳ではファンとの交流があったり、ファンの温かさを感じたりできて、献花・記帳に大阪まで行って本当に良かったです。6月27日(水)には『ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会』(音楽葬)が青山葬儀所(東京都港区南青山)で執り行われる予定ですが、是非スケジュールを調整して参列したいと思っています。

~あとがき~

 泉水さんの戒名は『澄響幸輝信女(ちょうきょうこうきしんにょ)』だそうです。天国の泉水さんに呼びかける時はこの戒名で呼ぶことになります。澄んだ歌声が響き渡って輝いている、そんな泉水さんの歌う姿をイメージさせる良い戒名だと思います。ただ、泉水さんほどの人にしては戒名の字数が少な過ぎるように思います。ここで、戒名についてちょっと解説したいと思います。<フリー百科事典「Wikipedia」を参照> 

 『○○院△△□□××』という戒名を例にとると、○○を院号、△△を道号、□□を戒名、そして××を位号と呼ぶそうです。院号は生前に寺院や宗派に対して、あるいは社会的に高い貢献をした人に付けられるものだそうです。ただし、泉水さんの戒名には付けられていません。あんなに多くのファンの心を支え続けてきた人なのに…。道号は戒名の上に付けられるもう1つの名前で、泉水さんの場合は「澄響」に当たります。戒名は生前の名前(苗字ではなく名前)から1字をとるのが一般的のようです。位号は戒名の下に付けられる文字で、年齢や性別などにより異なります。泉水さんの戒名にある「信女」というのは優姿夷(うばい)の仏教信者として五戒や十善戒を保つ成年の女性を指し、満十八歳以上で死亡した者に対して付けられるそうです。

 戒名は字数が多ければ多い程、戒名料が高額になるのですが、やはり泉水さんに相応しい高貴な戒名(院号付きの戒名)を付けてあげて欲しいという気持ちがあります。例えば、ファンクラブで泉水さんへの感謝の気持ちを込めて少しずつ寄付を募ってもよいと思います。

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